| 紫苑会関東支部の近況 2004.7 紫苑会関東支部の総会と懇親会が去る6月12日(土)13時から16時まで 東京上野の池之端文化センターにおいて開催されました。当日は佐渡の本部か ら小出金井校舎教頭先生、天池範夫新会長、小菅冨美男新副会長、椎井元会長、 大平前会長、伊藤前副会長、をお迎えして五十余名で盛会裏に開催されました。 総会では前年度の報告と今年度の計画が発表され了承されました。又、10 年に渡り関東支部長を務めた荒井敏彦が後任に要職を移行することを全員一致 で承認されました。後任の支部長は昭和38年卒業の堀孝二郎氏に決定されま した。関東支部も今後は同窓の集いを継続して行くことで親睦を主体に運営さ れて行くことになりました。10年の永きに渡り努めた荒井敏彦は多くの会員 皆様に心温まるお言葉やご支援を頂いたことに感謝申し上げ退任のお礼のご挨 拶とさせていただきました。 今後は飯島美孝様と共に相談役として紫苑会関東支部の発展に微力ですが努 めてまいる所存です。よろしくお願いします。 母校は4月より佐渡高等学校金井校舎としてスタートしましたので紫苑会も 5月24日に本部総会を開き、一応女子高等学校同窓会として区切りを付けら れ新体制で出発されました。本部の新役員は次の通りです。 (敬称略) 会 長 天池範夫(昭和29年卒業) 副会長 近藤昭夫(昭和28年卒業)本間ホズエ(昭和32年卒業) 小菅冨美男(昭和34年卒業) 会計監査 塚本耕作(昭和33年卒業)三亀信子(昭和33年卒業) 紫苑会関東支部としては現役員の方には留任していただき組織については新 堀孝二郎支部長におかれてこの後発表されます。 来年は平成17年6月18日(土曜日)13時から今年の会場「池之端文化 センター」で開催されます。参加された方々からは同窓の心を割った素晴らし い会ですのでこれからも長く続けていくようにとの声でした。来年も多くの会 員とお会いできますこと楽しみにしています。 末筆になりますが暑さ厳しき折くれぐれもご自愛頂きお元気でお過されます こと、お仕事にご活躍される事をご祈念申し上げます。 荒井 敏彦 |
<お知らせ>
さて、この程同窓会の「母校の近況」は「希望の森」と改称して、「県立佐渡女子高等学校を振興
する会」が発行することになりました。
この会には紫苑会だけではなく、PTAや地元の行政に関係する方々、地域でいろいろな役割を担
つている方々等々、幅広く多方面から参加していただいて結成されております。
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−−−誕生5号−−− −−−−2002年6月発行 |
| 二〇〇二年によせて 紫苑会関東支部 支部長 荒井敏彦 会員の皆様こんにちは 一年の過ぎるのが早く新しい年を迎えました。 会員の皆様にはお健やかにお迎えで来ました事とお喜ぴを申し上げます。 昨年は米国で同時多発事件が発生して世界中大変な驚きが起きました。 テロに対して世界中が平和を願いアフガニスタンでの戦争に困惑しながら今年を迎えました。 日本で復興の世界会議が行われ議長国として無事に終えることもできました。 しかし国内では多くの国民の支持を受けて発足していた小泉内閣で外務省の問題で田中真紀子大臣 を更迭し大変な間題に進んでいます。昨年、わが母校も九十周年を迎えることが出来ました。 盛会裏に記念式典が執り行われました。 幸いにもその式典に関東支部を代表して飯島支部会長と共に出席いたすことが出来ました。 関東支部からも多くの方が当日お見えになっておられました。 式典でご来賓の方々から九十年の歴史ある母校のお話を賜わっておりまして心を打つことぱかりで 本当にこの学校を卒業して良かったと熟く感じました。 私達は幸いにも、佐渡で幼少の頃から高校まで同じく育ちました。 自然に恵まれ四季折々の、素晴らしい環境の中で大切な時間を得る事が出来ました事に、今更ながら 感謝しないといけないと感じています。 感性が求められる二十一世紀に、九十年もの歴史ある母校を卒業した事を誇りにすぱらしい人生を 作り上げていきましょう。 皆様のご健康とご多幸・ご活躍を心からお祈り申し上げご挨拶と致します。 |
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| 創立九十周年記念に際して 秋たけなわの本日、新潟県立佐渡女子高等学校創立九十周年に際しまして、県教育委員長斎木利夫様 はじめ、各界、各方面よりこのように多数の皆様の御出席をいただき盛大に記念式典を挙行できます ことは、この上ない喜びと感激でございます。記念事業実行委員会を代表いたしまして、厚く御礼申 し上げます。 願みますと、本校が佐渡実科高等女学校として、この地に創立されましてより九十年、社会の変遷に つれて、時には存亡の危機、時には制度の改早という経過を経て今日に至りました。 記念事業実行委員会は、その歴史を今後に引き継ぐべく、一昨年十一月に発足いたしました。 それより今日まで、学校、紫苑会、PTAの方々が一体となって準備を進めてまいりました。 事業の推進にあたりましては、紫苑会の皆さんの献身的なご尽力、多くの篤志家の方々のご寄付、 さらには同窓生三名の方の貴重な書と版画並びに染色品のご寄贈など、多方面にわたるご援助を いただきました。また、生徒の美術部の皆さんは、本日のポスターを製作して下さいました。皆様の お力が結集し、当初に計画いたしました教育環境の整備、記念行事の実施、記念誌・同窓会名簿の発行、 生徒活動の支援など、幾つかの事業を椎進させていただくことができました。この席で改めてご紹介 いたしますと共にお礼を申し上げます。まことにありがとうございました。女学校から高等学校へと、 九十年の年月を経てきましたが、その間にこの学び舎を巣立ちました卒業生は一一、五九一名に及び、 島内は言うに及ほず全国各地にあって活躍しており、まことに喜ばしいことでございます。 これは、お一人、お一人の努力があってのことではございますが、その奥には、連綿として引き継が れてまいりました校章の藤の花のマーク、「洋々広き北海の濃青に浮かぶ我が島根」に始まり、 「いよいよ高く友よいざ」と結ぶ校歌の志、それを伝統にまで高めて下さった歴代校長先生方の識見 をはじめ、諸先生方・職員の皆さんのお力あってのことと思い、いっそうの敬意を表するものでござい ます。生徒の皆さん、「故きを温ねて、新しきを知る」という言葉がございますが、何事にも真剣に 精一杯チャレンジし、実践している先輩たちの姿とその足跡を学ぴ、自分の選んだ道を自分のカで 一歩一歩進み、理想の実現目指して努カしてください。 そして「生きることの素晴らしさ」を実感して欲しいものとおもいます。 二十一世紀を迎えた今、世界はめまぐるしく変貌し、国際化、情報化はますます進み、学交を取り 巻く環境も著しく変化しつつあります。本校も創立九十周年を節目として、新しい世紀に向かって さらに雄飛されますことを祈念いたしまして、ご挨拶といたします。 県立佐渡女子高校 創立九十周年記念事業実行委員会 委員長 大平 トシ |
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| ご挨拶 −母校の近況- 県立佐渡女子高校 校長 成田善一 会員各位におかれまししては益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。皆様の母校であります伝統校 の県立佐渡女子高等学校に赴任して、最初の支部総会でご挨拶できませんでしたことを、先ずもって お詫ぴ申し上げます。生憎、当日は本校の創立九十周年記念体育祭と重なり、学校を空けるわけにも いかず非常に残念に思っています。 私事で恐縮ですが、今は新潟市に居を構えておりますが、前任校の県立村上高等等学校が母校であり、 三年間の勤務で創立百周年の事業を終えてきたばかりでありました。 当校も九十周年の大事業が控えておるということで、今回の赴任を光栄に感じつつも、戸惑いも覚え ました。 しかし、紫苑会の会長さんはじめ役員の方々、そして会員の皆様のご熱意と精力的なご沽動により、 この大事業を遂行させていただくことができました。 盛大かつ厳粛な式典となり、本校の校史に燦然と輝く一頁を加えることができ、参加者全員に印象深 い記憶をもたらしていただきましたことは、生徒、職員一同、この上ない喜びとするところであります。 これも偏に地域の方々はもとより紫苑会会員各位の母校愛のたまものと厚く御礼申し上げます。 さて、皆様もご承知のとおり教育改革が全国的に進められておりますが、本県におきましても、小子 化の波に伴い高等学校の再編整備が急速に進行しつつあります。 前任地でも、中高一貫のための中等教育学校、総合学科、そして単位制高校への改組とこれまでの 中等教育の見直しが具体的に進んでおりますが、当佐渡地区におきましても、本年度から佐渡農業高 等学校が佐渡総合高等学校に転換したのをはじめ、改革の波が間近に押し寄せてきております。 生徒諸君も、昨年度は隠岐島で開催されました離島フォラム、福丼県での家庭クラブの研究発表会 参加、そして、本年度は福岡で行われました。 全国高等学校総合文化祭の郷土芸能部門に、文弥人形部「絵瑠夢座」が参加するなど、全国の高校生 と交流を深め、活発にその活動の輪を広げておるところであります。 しかし、本年度の入学生は、定員八十名のところ六十名しかおりませんでしたし、この傾向が今後も 続くのではないかと懸念されます。 また、本年度は近年になく四年制大学進学者をはじめとする進学率が向上したものの、ここ数年の上 級学校進学者の減少等々、課題も多々抱えております。 本校にとりましても、昨今の社会情勢を踏まえ、今後の在り方を模索することが急務であります。 創立以来現在まで金井町当局ほじめ紫苑会から並々ならぬご支援をいただいてきたところでありま すが、今回もまたお力添えをいただかなければならないところであります。 明るい話題を皆様方に報告するのが自分の当然の任務であります。 来年、再来年そして十年後二十年後と、前を見据えて頑張って参りたいと思いますので、支部会員の 皆様方からも現況のご理解と倍旧のご支援を賜わりますようお願い申し上げます。 総会へのご無礼と率直な現状を申し上げさせていただき筆を置かせていただきます。 今は、前庭のエルムの木もその葉を落とし、幹のみがどこまでも澄みわたる大空に向かってまっすぐ に伸ぴています。プロンズ像「茜雲」の少女が未来に向かって今にもはぱたこうとしています。 御来島の折りには母校佐渡女子高等学校にお立ち寄りいただきますようお願い申し上げます。 末筆ながら皆様方のご健勝を祈念申し上げましてご挨拶といたします。 |
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| 私も何か一つ日本一を 詩吟 吟 道 館 流 師範 古屋佐風(巳佐治) デッカク出ましたね。あ、恥ずかしい! 友達に詩吟をやっている事を話したり、又こうして書いて 大勢の皆さんに知らせることは、大変な努力が必要です。 怠けていられない気持ちが常に頭に残り自分を責めている。しかし敢えてやる気を起こすため私は書 きました。そもそも事のおこりは六十歳で定年になり、毎目うろうろ気持ちだけは何とか社会に貢献 をで、早四年半、退職時ある先生の講演で、定年退職者はカッコ良くボランティア活動を言われます が、実際にはあれはいや、これは困るで色々注文が多く、お願いする役所の場合は、お金を払って若 い人に活躍して貰ったほうが良いとの事、そこで前置きが長く成りましたが、私にとて唯一の趣味、 詩吟ですが今はテレビ・ラジオ等に出るような事もなく入気がないのですが・・・しかし、地方大会 から全国大会へと大勢の皆さんが年一回の日本一を競っております。 吟題が石童丸(下記〕私に取って高校在学中、十一月の文化祭の折り仲間三人と、数人の影の協力者 (写真〕、そして教頭の山本泰蔵先生の琵琶の音が奏でるなかで、末武勉先生の指導で演じたのが 石童丸でした。 石董丸の詩吟を吟ずる度患い出し涙が出る思いです。 しかし、吟者が涙してはいけません。聞く人を感動させなければいけないのです。 そして私は、当然大会で二位三位でなく日本一を獲得する事です。 勿論健康に留意し、これを完成し施設等で吟じ私のボランティア活動にしたいと思っております。 (今年の夏は末武先生にもお会いし、この事を話す予定です。〕 (昭和31年卒 習志野市在住) |
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